「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」 を観て

NHK教育テレビで放映されたETV特集「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」を観た。

語り口は、彫像を彫るように、進む。

80年代にミシェル・フーコーが来日した時、まともに渡り合えたのは吉本さんくらいだったと記憶している。

「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」は、
今年の正月番組で楽しみにしていた特集だった。

今の時代にあって、吉本さんがこれは伝えておきたいという熱い思いがあった。

言語の根幹に沈黙を置き、自己表出が自然との関係において相互に影響しあうことを語っておられる。

自己表出の結果、自らも影響を受けるのである。
このことは語りつくせないほど大きい。
別の言い方でいうと、表現された自己表出は、共同体、社会にまで影響を与える。

現代のモノとお金が入り乱れて価値を作り出している世の中において、
吉本さんの芸術論はこの価値に対して、異議を申し立てる人間の精神活動の最後の砦ともいえる。
そして私たちはこのアンヴィヴァレンツを生きている。

日本語は美しい。

言葉はその人の性格まで決定づける。外国人の女性が日本語を話すと、日本人の女性よりも日本人らしく感じられることを考えても分かる。
私には、日本語のベースは母音で話しているのではないだろうかと思う時がある。欧米では子音がベースだ。分析をしたり対象化したりする場合にはアルファベット言語のほうが強い。

1980年代、角田忠信教授の右脳論がブームになった。欧米人は虫の鳴き声を環境音のひとつとして聞いているが、日本人は言葉として聞いている。
日本人と自然の関係は、根本で欧米と異なる。
(注:日本人の脳については、ポリネシアの人たちと類似構造が見られる分析がある。
三木成夫著 海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想 より)
吉本さんも自己表出の話を自然との関係で語られている。

自然に対しての恐怖か調和か、欧米と日本を分ける一番元の根っこはここにある。

最悪の事態を認識しない限り、希望は生まれない

朝倉慶氏の「大恐慌入門」、副島隆彦氏の「連鎖する大暴落」、佐藤優氏との対談「暴走する国家 恐慌化する世界」を読む。
「大恐慌入門」で、CDS、SIVの破綻が中央銀行でも処理できないくらいの金額に膨れ上がっている事実を知る。
アメリカのドル増刷~デノミの流れは、かなり高い確率であると見た。

私たちは、1929年の大恐慌を知らない。
しかしながら、当時の大恐慌よりも悪い事態に地滑りする可能性を覚悟しなければならないだろう。

金融システムの崩壊、ひいては近代資本主義の崩壊まで覚悟する必要があると考えている。
小泉・竹中改悪によってセーフティーネットは存在しない。そして社会のアノミー化(無秩序・無規範化)を避けなければならない。
*日本社会のアノミー化現象を分析する著作は、小室直樹氏の「日本国民に告ぐ」に詳しい。

その結果、国家による管理・統制が行われる可能性がある。国家は簡単に暴力をふるうことができる。

恐怖は人間をコントロールしうる最強の手段になりうる。危ない。

最悪の事態を認識しない限り、希望は生まれない、そう感じている。

新しいシステムの創出の必要。そのシステムの中核は、助け合いがキーワードであると感じている。

経団連の年初メッセージは「イノベーション」となっている。
しかし、一言足りないような気がする。
「破壊的イノベーション」が本当のところ。

破壊的イノベーションとは
IT分野で言うと
windowsに対してのLinux
エネルギー分野に対しての太陽光発電
同じイノベーションでもその分野を劇的に変える力を持ったイノベーションだ。

日本は戦後、技術で成長した。
なぜこれだけの技術力を日本が持てたのだろうか?
プロジェクトXを見ても普通のおじさんが一念発起して生み出したものが多い。
逆境にめげずひつこくひつこく考え抜いて生まれる技術。
あるときふっとひらめくアイデア。
日本には創造工学の系譜がある。アメリカのデボノ理論は及ばない。
亡き市川亀久弥教授が代表だ。湯川秀樹教授も市川先生の創造工学に協力している。
日本の創造工学を紐解くと、自然との関係から生まれていることが分かる。
デボノ理論と異なるのはそこだ。
販売、マーケティングなどの基本戦略と日本の技術が結びつく強みは世界に類に見ないものになるだろう。

新しい幕開けができる企業が、そのパラダイムシフトとネットワークを伴って社会と経済を作り直していくイメージを持っている。
状況に痛みと崩壊が伴っているが、新しく出ている芽が何よりも大切だ。

日本人はもっと誇りをもっていい。
昨年か一昨年だったか、ワールドワイドに行われたアンケートで、戦後、世界で一番貢献した国は?の答えに、ダントツ一位で日本が選ばれている。

イラクの人たちもズタズタになった国に、HONDAなど日本の精神ある企業が入ってくれることを、心から待っていたのだ。

予測と人間の生

金融不安を通り越し、金融危機そして金融恐慌の一歩手前で世界的な調整が行われている今、書いておきたいことがある。
状況の分析はシミュレーションであり、ある対象化された計算方法を元にしている。今回の金融恐慌は、早くは1995年あたりから指摘されていたことで、マクロレベルでのシミュレーションとして予測された。そこには因果関係があるため計算できる。この地滑り的な金融システムの崩壊にあたって、対局となるフェーズを提出したい。
人間が行う予測は、その多くが当たらない、というものだ。
予測された未来の通りには、決してそのままには進まない。予測を否定しているではない。なぜそうなるか?
今年の7月、原油価格は、1バレル200ドルに達するだろうというJPモルガンの予測を信じて、120ドルあたりで買いを入れた日本の商社は、大きな損失を出した。落ちても60から70ドルだろうという予測も外れた。現在は40ドル台である。この半年で3分の1に落ちたのである。
(ガソリンスタンドの値は、まだ下がらないが。。。)
この予測には欠けていたものがある。人間の適用しようとする行動に対してである。夏、車の交通量する減った。人間を無視した金融システムの一部に対して、一人一人の人間が反乱したともいえる。
予測が外れるのは、マクロに対してミクロが複雑系の中で新しい地平を作り上げるときに外れる。地平は、人々が織りなす網の目ともいえる。
人は生きている。予測は内部に時間の矢を持っている。それに対して人の生は、本来、きわめて空間的である。さらに言うと、人間の生命はきわめて空間的である。とても重要なことだ。
泣いたり笑ったり悲しんだり喜んだり人間の命は躍動している。そしてひとりでは躍動しない。

さて、ジュリアン・ジェインズというプリンストン大学の心理学教授が、唯一書き残した「神々の沈黙」という著書がある。
サブタイトルは、意識の誕生と文明の興亡となっている。
本の帯は、「右脳に囁きかける神々の声は、どこに消えたのか?」とある。発刊と同時に大反響を巻き起こした。帯には、さらに、3000年前まで人類は「意識」を持っていなかった。古代文明は、意識を持つ前の<二分心>の持ち主の創造物。豊富な文献と古代遺跡の分析から、意識の誕生をめぐる壮大な仮説を提唱、とある。

詳しくは読んでもらうしかないのだが、なぜこの本を紹介したかというと、先ほどの予測に関係している。
古代においても予測はあったが、金融システムのように、人間が作ったものを予測はしていない。
自分たちの存在を越える何か、それは自然でもあるし、民族によれば神の声でもある何かを聞いていた。
ちなみに神という言葉は、後で人間が作った言葉であり、古代において神という意識は無いと思う。
そして、現代の予測やシミュレーションという左脳的なものではない。

お告げがあったからどこどこに行くという行動に、何故?と聞いても答えはない。その人には聞こえており、行動しているのだ。

現代人が近い状態を体験できるのは、朝起きた直後だと思っている。このときに布団なりベッドの中で、課題をとらえ直すと非常に深い答えを得ることができる。体の状態が素直なため、意識で判断するより、先のある答えを得ることができる。
(ちなみにそのためには寝る前の状態が大切だ)

人間が意識で作り上げてきた文明に対して、全く次元が違うレベルで起こっていることがある。

今、そういう意味では、全部必要になっており、新しい適用が始まろうとしてる、そう感じている。

江戸時代までは絶滅した動物が・・・

江戸時代までは絶滅した生物があまりなく、明治に入ってから急速に増えたことに興味を持っていた。
江戸時代は循環型の社会で知られる。乱獲もなければ、自然の恵みを人間がいただくことに感謝の気持ちを持っていたように思う。

明治時代の近代化とともに、大きく変化していく。一人の人間が、象40頭分のエネルギーを消費しているらしいが、その端緒が明治にあった。

ピーター・ドラッカーは、明治維新が世界史の中での奇跡であるという。ドラッカーは、ある一時期むさぼるように読書をしたし、90代になっても現役で自分自身の手で電話を取るその姿勢に好感を持った。日本経済新聞に連載された「私の履歴書」に書かれた逸話の中で、奥さんとの出会いと仲の良さに、ドラッカーの洞察力と才能の秘密を見た。さて、ドラッカーがいう奇跡は、無血革命であり、山岡鉄舟を始めとする武士道があったからこその話。世界史は通常、政権交代が血にまみれる。

江戸時代は面白い。岡本綺堂の「半七捕物帳」は、私の愛読書の一つで、江戸時代の風物を楽しむには、もってこいの小説だ。数ページでどっぷりと江戸時代にタイムスリップできる。

江戸時代と明治の違いのひとつに、「時間」がある。分かりやすく言うと、「半七捕物帳」の登場人物にも社会にも、過去~現在~未来という時間の矢が流れていない。昔はああだったけれども、未来はこうなりたい、とか、ましてや、社会の中に、未来の時間が入っていない。極めて空間的とも言える。
明治時代は、近代化とともに、過去を置いて、未来はこうあるんだ、という社会全体のビジョンが時間の矢を内包してくる。

動物の絶滅は、このように人間が作り出した時間の矢、文明というものの方向性が、社会全体を巻き込んで動き出したときに生じた生命誌の裏側とも言える。

この時代を生きていて、時間的なものから空間的なものへと変容しているのを感じている。

人間一人一人の人生は尊く、命は豊かさを求める。喜びと幸せが命の栄養だとすると、いずれ社会もこの栄養を取り入れないとやっていけなくなる時代が来る、そんなふうに直観している。

現在の金融危機について榊原英資さんの話

以下は2008.11/8の投稿。
現在の金融危機について榊原英資さんの話をセミナーで聞く機会があり
非常に整理されているため、書くことにした。

現在の金融不安は100年に一度か二度のものであるということ。これは元FRB理事長のグリーンスパンが語った状況分析である。
まず、1カ月前非常にやばかった、と。
特に銀行間取引、これはインターバンクといわれる市場であるが、銀行間同士で疑心暗鬼に陥り動かなくなってしまった。

私見だが、2007年8月16日にも同じ状況があった。このときはFRBが金利を下げること、そして日銀が金利を上げないという声明を翌日に出したことで切り抜けた。

現在、世界各国の中央銀行はドルを大量提供し、日銀も無制限に提供している。しかしながらCDマーケット、コマーシャルペーパーが動いていないということだ。
社債市場も機能していない。社債から銀行へ戻ってきている。金融市場が大きく崩壊のプロセスにある。

1990年代の半ばから、金融取引が膨らんだ。イギリスのビッグバン、アメリカにおいては銀行は州を超えて業務ができるように規制を突破だった。そして金融工学で生まれた様々な商品が開発され膨らんでいった。
その一つに証券化がある。銀行のバランスシートにのっかっているものを売った。また住宅ローンも証券化されマーケットで売られ、規制がない限り資金調達ができる仕組みとして膨らんでいった。他の債権と組み合わせて証券化されその組み合わせは多岐にわたったようだ。

銀行はコマーシャルバンクとインベストメントバンクの2種類があり、コマーシャルバンクでは無限に資産はできず8%の自己資本比率を守ることで資本の12倍くらいまでの資産を保有することになる。
ところがインベストメントバンクについては資本の規制がなく90年代から株式に投資をし、自分たちでリスクをとる限り莫大な利益を上げるという繰り返し行ってきた。このインベストメントバンクから付き合うとした人たちがヘッジファンドを立ち上げた。
ヘッジファンドは今、全体で1兆7000億ドルの運用資金がある。この運用資金をドルで引き上げているのが今の為替にも影響している。以前書いたが、ドルフランが上がり、ユーロドルが下がるというこの現象は世界的なインベストメントバンクならびにヘッジファンドの資金引き揚げが理由である。
さて90年代から2006年まで世界的にイクイディティが潤沢になったためかなりリスクの高い人にお金を貸していった。
日本では、倒産したリーマンブラザーズがホリエモンに日本テレビの買収で700~800億を貸すといったことは有名だ。それだけ巨大なリスクで巨大な利益を上げていた。
アメリカのロバート・ルービンはゴールドマンサックスの元CEOであり、今のオールソンも然り。インベストメントバンクが政策まで反映している。

さてアメリカのサブプライムローンは、返せない人に貸したわけだが、あがっていたらOKだった。しかし2006年からアメリカの住宅価格は下がり出す。
今回は今までと違うのは、このバブルが異常に大きい。
アメリカのインベストバンクのうち、ベアスターンズ、リーマン、メリルリンチは倒産し、ゴールドマンサックスモルガンスタンレーはコマーシャルバンクに戻ろうとしている。つまりインベストメントバンクのモデルが崩壊している。インベストメントバンクは資本の20~30倍のレバレッジをきかせて利益を上げていたわけだ。
ヘッジファンドの全体の資産はこの数ヶ月で10兆円減ったといわれる。これは全体の5-7%。
ジョージソロスはヘッジファンドの資産はさらに25-50%減るだろうと予測しているらしい。多くのヘッジファンドがこれから解散するだろうし、大型のヘッジファンドも消えていくことになるだろう。
資金がどれだけマーケットから引き上げられていくか。
商業銀行は貸し出しが難しくなり、貸し渋りが出てくる。資金調達も難しくなる。オバマの選挙戦でアメリカのGM、フォードの救済も論点だった。
日本にいると世界の状況が分かりづらいが、アメリカの経済状況はかなり悪く、もちろん日本よりも、ヨーロッパはさらに悪い。EUは、4-6月マイナス成長で7-9月もマイナス成長のため、2四半期でマイナスが続くとリセッションであるという定義から、この数ヶ月で、落ちている。
世界同時不況はさらに続くだろうと予測。そして円高終わっていない。
ざっとこういう話だった。

金融の歴史と状況を整理し理解するうえで役に立った。

榊原さんは国連の国際金融システムの改革を検討する専門家委員会のメンバーに指名されている。アメリカからはスティグリッツがトップとして就任している。スティグリッツは英米主導の国際金融システムに対して、異議と改革を申し立てたことで知られている。ノーベル経済学賞を受賞したのは確か今年だったか。

榊原さんは、1990年代後半、アジアの通貨危機が全世界的に金融不安へと拡がったとき、アジアの通貨基金構想を立てようとした。結果的には、アメリカにつぶされたが、(キッシンジャーは異議をとなえたことなど、本で紹介されている。)、英米主導の金融システムに対して、アジアの金融システムを作ろうとして意義は高い。

少し話は昔に戻る。1990年代の後半に、韓国にIMFが入ったわけだが、このときのIMFの金利は、10%に近かったはず。高すぎる。当時韓国は造船など多額の投資をしており行き詰まった。香港では、事前に韓国の動きに対して警告をする意見もあったと聞く。本質的に、当時の韓国は日本への嫉妬で追い越せ追い抜けで失敗した。そしてIMFへの依存という流れ。

本来、アジアは、日本、中国、韓国がまとまれば素晴らしい地域になる。そしてインドも入ってくることができるだろうし、中東もアジアなのである。

今年の夏あたり、日経のWEBサイトで日本と中国のアンケートが掲載された。日本人で中国が好きという比率は16%、逆に中国人で日本が好きという比率は65%だった。この数字には驚いた。江沢民が国内の権力をまとめるために抗日を使ったことは有名だが、今は違う。清水美和さんの書籍に詳しく歴史と状況が書かれている。

中国は先週日本円にして45兆円の景気対策を発表した。しかしながらアメリカのクリスマス商戦が振るわないため輸出が落ちている。

すべては大きな過渡期を迎えている。

この過渡期の中でこそ、発見があり、未来への展望が生まれるはずだ。

サルバドール・ダリの描く空

学生の頃、サルバドール・ダリの描く空に惹かれた。
革命の前夜を思わせるような、何かとてつもない変化の前触れを思わせるような、あの空に惹かれた。
ダリの描く柔らかい時計やシュールレアリズムの数々の象徴より、あの空に惹かれた。

マルセル・デュシャンは、ジョン・ケージに、ダリに会いに行け、と言った。
言葉は正確に思い出せないが、ライオンの悲しみを見てこい、というメッセージだったと記憶している。
ライオンはダリのことである。

ふと、あの空を思い出した。

これから地球上で起こる大きな変化を体で感じながら、無意識の泉の中から、昔見たあの空が浮かび上がってきた。

これから起こる変化は、100年に一度ともいわれるし、300数十年に一度ともいわれる。いや、有史以来初めてのこともある。

あの空の向うに飛び込もうとした昔の自分は、今は変容し、まったく別次元の光と壮大な宇宙へとつながる空を望んでいる。

宇宙は、美しく調和しながら、次を生み出している。

空海と縄文

空海にとって謎の10年がある。
その10年を空海はどんなふうに生きていたのだろう?想いを馳せると豊かなイメージが膨らむ。
山の中で生きていた。
私は昔、山岳部だったので、山で生きることは想像がつく。
体に宿るエネルギーと自然との一体感が、力強い魂として躍動する。
私がここに縄文の世界を見ている。

一私度僧であった空海が、遣唐使の留学僧として入唐したのも、そして恵果が何百人もいる弟子なかからではなく、日本から飛び込んできた空海にすべてを託した通常ではありえない奇跡とでもいうべき結果を生み出す元に、この空白の10年があったからこそと考えている。

空海を描いた2冊の書物がある。
司馬遼太郎の「空海の風景」、松岡正剛の「空海の夢」。
空海の風景で、一行が入唐を断られ、空海が詩をもって覆すシーンがある。この絶妙な詩に空白の10年で培われた全体との調和と自分たちの存在を一つの精神として展開できる才能と能力を見る。

現代に欠けているもの、それは体と内面から始まる精神性であり、物と記号にあふれた外部に翻弄される貧しさから真の豊かさを取り戻そうとする希求であり、人間の内部と外部がひっくり返った結果、引き起こされている。

三内丸山遺跡に行ったとき新潟の翡翠を見た。青森と新潟はすでに縄文時代で交流があった。どれほど遠い距離だろう、そう考えるのは、現代人で、当時に想いを馳せると、「では、新潟まで行ってきます」と言って出かけるくらいの強靭な体力と豊かな精神性があったに違いない。
山の中を歩くでしょう、渓谷のすがすがしさで体が洗われるでしょう、途中では自然の恵みで体力をつけるでしょう、そうやって培われる縄文の精神。

縄文については、また書くことにします。

為替相場でのドルが示していること

金融不安の時代において起こっている現象の中で、為替相場でドルフランが上げているという現象がある。
アメリカの景気が悪いのだったらねドルが下がっても不思議ではないと思うが、逆なのである。

これをどう考えるかというと、いまアメリカがつぶれたがマズイ、
従ってつぶれそうなアメリカにドルが還流していると考えるのが正しいのかもしれず。。。
損失補填の海外からのドル還流とみるのも正しいのかもしれず。。。
または、ドルの資金調達に困難をきたした金融機関や投資家が自国通貨を売って米ドルを買うことで資金調達を図っている現象かもしれず。。。

ユーロドルはピークの1.6から1.30まで落ち、オーストラリアドル/米ドルは、0.98から0.64まで下げた。それに伴ってユーロ円、豪ドル円が下げ足を速め、ドル円を引き連れて落ちていった。

ドルフランは上がっても、ドル円は円高基調なのである。

2003年2004年に行われた33兆円にものぼる円安相場を作り出す為替介入が、(これは小泉・竹中政策でもあったわけだが)、現在の円安バブルの崩壊がとどめを指しており、単に高金利通貨を思っているとスワップ貯金が溜まると思っていた人たちをどん底に叩き落とした。

長い目で見ると、基軸通過の無い変動相場に入っているのかもしれない。もちろんのことながら金本位制には戻れない。

アメリカはサバイバルに成功しても、日本が円高基調を克服する世界の中での戦略を生きない限り、日本は沈没する。

岡倉天心

昨年の秋、「岡倉天心」展に行った。
東京芸大創立120周年記念で開催された展示である。

直筆の原稿、手紙が展示されていて感動した。
まず、字が汚いのである。正確には、汚いというより、伝えることが勢いよくあふれ体裁や字の並びは後回しなのである。当時の手紙は罫線もないため、巻物のような和紙に筆で書かれている。
森鴎外に講義を依頼した手紙も、その字の放埒さが面白い。手紙の最後に講義のスケジュールが書かれており、今で言えば手紙1枚にでかでかとスケジュールが書かれていた。

当時の授業風景が写真で展示されていた。仏師の高村光雲に講義を依頼し、作品づくりに余念がないという理由ではじめは断られる。しかし粘る。工房を学校に持ってきてもらうという口説き方で。仏の彫刻を講義の中で作り、その作り方を教える授業だったらしい。

これは!と思った人間を口説いている。存在と存在が深く呼応している。形式など二の次だ。

坂本龍一があるビデオ対談で語っていたこと。バッハやモーツァルトの形式をそっくり授業では教えられているが、決して生徒はバッハやモーツァルトにはなれない。対談相手の村上龍が、無意識の世界ですねと膝をうっていた。
そう、立ち現れてくるのは存在。潜象の世界からである。

岡倉天心の「東洋の理想」を読んでいた。名文だ。さまざまな影響外国から受けながらも、日本文化と命・エネルギーをとらえ続けている。

現在の金融危機

現在の金融危機に対して、いくつかの観点がある。
私にはイギリスの産業革命以来続いてきた近代化と市場原理主義、そして金融システムの行き詰まりが最も大局的な観点になると思っている。
300数十年に一度の変化することになる。

元FRB理事長のグリーンスパンは、100年に一度の金融不安であるという。これは明らかに1929年の世界恐慌との比較であって、資本主義が内蔵しているバブルと恐慌の最も大きな波として捉えた場合の観点になる。実務家であっても、これくらい長いスパンでとらえている。

昨年、2007年8月に金融不安で金融商品が大きく下げたときに、97年98年のアジア通貨危機に比較されることが多かったと思う。アジア通貨危機は、経済の実態に対して流れ込んでいる資金が過剰でありバブルと判断したジョージ・ソロスがタイバーツの猛烈な売りを浴びせかはけたことから始まる。そして98年のロシアの通貨危機。ジョージ・ソロスは、タイバーツの売りで莫大な利益を上げ、逆にロシアの通貨危機では損失を出している。いずれにしても世界は90年代の後半デフレからの脱却が、この金融危機によって遅れた。

金融商品は、上がるのは徐々にしか上がらないが、下げる時はあっという間に下げる。これは上げるときは皆が暗黙のうちにこれは上がるだろうと予想し、つまりケインズの美人投票をしている。下げる時に勢いがつくのは、今まで上がると思って買っていた人たちが、恐怖によって売るからである。相場の世界では損切りという言葉があるが、次々と損切りされることによって値が走ることになる。
金融商品は、その多くが売りでも買いでも利益を上げることができる。(株の空売りがある)
ジョージ・ソロスのクォンタムファンドは、設立からたしか10年ほどは、年間4000%ほどの利益を上げていたと思う。ヘッジファンドは世界に約6000あるが、昨年から利益を生むのには苦戦している。今まで決まった容量の池に少数のヘッジファンドが跋扈したため、数千%の収益が可能であったが、現在はヘッジファンドの数が多くなりすぎたため、ジョージソロスのところでも年間十数%の利益還元となっているらしい。

現在の資本主義が存命する上で、中国・インド・ロシア・ブラジルの開発と成長が必須となるわけだが、中国が今までのアメリカの役割を果たすことはなく、そういう意味では世界は帝国の崩壊と多極化に向かっている。

アジアを一つとしてとらえるときに、文化・宗教の違い、格差などまだまだ課題は多いが、日本が今後生き延びていく上で、特に中国とインドとの関係は欠かせない。
小泉内閣のグローバリズムは、アメリカと心中する政策であり、戦後の成長期にとられた政策が状況にあってないまま引き継がれていることを考えると、今度の衆議院選挙は、戦後日本が初めて体験するパラダイムシフトになるかもしれない。

グローバーリズムは、それが進めば進むほど、ローカルでの独自性が問われるという逆説を念頭に入れておく必要がある。情報、貨幣、流通さまざまな面において、世界間での相互依存性は高まっているが、それぞれの国が持っている文化、強み、豊かさ、創造性がなくしては、この世界的な相互依存性の中で生き延びていくことは難しい。

今回始まったデフレは、100年続くという説がある。あながち外れてはいないだろう。

選挙は、どこに入れようとも個人の自由だが、自民党のウルトラCだけは理解しておいた方が良い。
つまり
皆が選挙にいかれるとヤバイ。選挙に行っても、何も変わらないでしょう、というウルトラCである。
だから、選挙に行こう!

小林秀雄さん

日本の文芸評論家として有名な、小林秀雄さんの講演CDを聞いた。
その中で、「感動は矛盾を超える」と語られている。
本居宣長を最後に書かれたが、「宣長さんに感動したから」と素直に語られている。
今は亡き池田晶子さんが、小林秀雄さんを尊敬していたことは有名だ。

初めにCDを聴いたとき、思ったよりトーンが高いんだなあというのが印象だった。後から知るに、落語家の古今亭志ん生の話しっぷりを聴きこんだという。

訴えてくるその力に、深さと熱さを感じた。

人が感動するにはボルテージの高さが必要だ。そのボルテージは、日々ギリギリのところで生きているという現状認識から生まれている。

これを超えないと次がない、これを今分らないと次がない、そういう現状認識だ。
青山二郎は、小林秀雄にはセックスアピールがあると言った。
小林秀雄さんは、自分は秀才だが、青山二郎は天才だといった。
小林秀雄さんの妹さんが、兄のことを書かれているが、青年期での中原中也との間で起こった女性事件で、どれだけ苦しまれたかそのことを書かれていた。その苦しみが、後々の評論活動に深さを持たらしたと思う。

「感動は矛盾を超える」、すばらしい言葉だ。

原丈人さん

原丈人さんという人がいる。デフタパートナーの会長を務めている。
ほぼ日刊糸井新聞で、インタビューを受けている。
初め考古学をやるために、南米で驚くほど安い年収で発掘調査を行い、その後シュリーマンを目指し発掘資金をためるために再勉強する。
そしてベンチャー企業を起こし成功した後、実業家として数々のプロジェクトを率いている。

きれいな顔をした人だと第一印象を受けた。
アメリカにながらも日本の事を考えている。
原さんのプロジェクトで、バングラデシュの遠隔医療と遠隔教育が紹介されている。
社内で数々の反対にあいながらも、やらせてくれ!責任は俺がとるから、の一言で決めたという。21世紀の国富論という本を出されている。
糸井さんも書かれているのだが、原さんの怒りは日本を何とかしよう、世界を何とかしようというお腹から出ているもので、すがすがしい。

バングラデシュのプロジェクトが、うまくいくことを祈っているが、このお金の流れがどうなってるのか面白いと思っている。本当にお金のない国で、現地のためにもなりながら、利益を上げるだからすごい。

グラミン民銀行には、以前から興味を持っていたが、今までに無かったお金の流れだと思う。グラミン民銀行の創設者は、ノーベル平和賞を受賞している。原さんのプロジェクトも、提携している現地のNGOが確かグラミン銀行とも関係がある。

21世紀の国富論の中で、日本を世界に誇れる国にしたい!この言葉には感動する。

石油とドルの関係

石油とドルは逆相関の関係になる。例えば為替でいうと、2008年3月に付けたドル円95円70銭は、先物で原油が上がっていくそのプロセスでつけている。

原油が上がるとユーロが上がる、オーストラリアドルが上がる、そうなっている。

現在、2008年8月下旬は、1バレル110ドル台にリバウンドで下げているが、どこまで下がり、どこまでドルが上がるか?

しかしトレンドであるドルの下落で、得をするのは誰か?どの国か?

原油の多くは、ドルで決済されている。実はドルが下がって原油で得をするのはアメリカになる。
1バレル100ドルだったとする。これが150ドルまで上がった時、ドルで決済されていたらどうなるか?
50ドルの得になる。

イランが昨年の春、原油の決済を円に変えてくれと要望したのは理由がある。
世界的に現在の基軸通貨であるドルは、その役割を果たせなくなっており、ロシア、中東が決済をユーロに変えていきつつあった。

しかしながら、極端なドル安は世界の全体経済に悪影響を及ぼすため、調整しつつあるというのが現状だろう。

2011年には世界の原油埋蔵量が、半分になるという。これは文芸春秋に掲載されていた堺屋太一さんのレポートから知った。それまでに下げたとしても、1バレル60から70ドルという。

日本には資源がない。

平和とエントロピー

1980年代に出版されたジェレミー・リフキンのエントロピーの法則が、日本でエントロピーという言葉を周知させるきっかけになったと思う。ジェレミー・リフキンは、カーター政権の要職についていた。分かりやすい例でいうと、日本のたばこが消費されるとき、使われるエネルギーから2度と使うことができない物質へと変わる、この時エントロピーが増大するという。
宇宙においても地球においても、熱力学の第2法則は適用されるので、私たちはある均衡に向かっていることになる。
暑い部屋の中に置いてあったコップの水が、最終的には部屋の温度と同じになるように。
しかしながら生命体は、自分たちが生きていけるように環境のみならず関係も作り変えている。初めの環境ならばまだ物質のレベルなのだが、関係となると精神のレベルになる。
例えば、仲の悪い夫婦がいたとする。当然子どもにもいろいろな悪影響があるだろう。のみならず、だんなさんの仕事の効率も落ちるし奥さんだって無駄な時間と金を使う。子供はいらぬことで意識をとられる。エントロピーが増大していると言える。
この逆を考えてみよう、仲の良い夫婦がいたとする。だんなさんは奥さんが困っていることがあれば解決しようとするし、その逆も然り。当然人に対しても笑顔で接することが多く、あるお店で買い物したら、その素敵な笑顔を見てお待ちをしてもらったということもあるかもしれないし、自分では知らないところで助けられる好循環が生まれていることが多い。単に仲良くすればいいということだけではなく、自分たちが成長して命豊かに生きる、これが元だと思う。

ネゲントロピー(負のエントロピー)という言葉があり、この言葉は物理学者のシュレーディンガーが始めに使った言葉らしいのだが、松岡正剛さんのサイトで概要が追える。

 本当のことは早く明らかになった方が、未来がある。
しかしながら、国家というレベルで見ると国と国は、上記のように簡単には仲良くできない。