高齢者が元気に生きることができる文化とは?

昨日電車の中での出来事。

80歳くらいのおばあさんとその息子が乗ってきた。おばあさんは足が悪いのか手押し車のお世話になっていた。私はスマホで音楽を聴いていたので気がつかなかったが、隣のおじさんがすぐに席を譲った。おばあさんの手押し車には小さな椅子が付いていて、息子に座ったら良いと勧めるのだが、恥ずかしいからやめてくれと強く言う。そこから息子の反発が始まった。

おせっかいはやめてくれ、妻も言っている、と。それを何度も言う。

おばあさんは息子への善意で言ったのだが受け入れてもらえず黙り込んでしまった。

さすがに電車の中でその小さな椅子に座ることはできないが、もう少し言い方があるだろうと思った。気持ちを受けとめて、ありがとうね、の一つくらい言えないものか。笑いながら電車の中でのこの椅子に座るのはちょっと恥ずかしいよ、くらいの言い方もあるだろうに。

おばあちゃん力は、何かをしてあげたいという気持の表れなので、その力を削ぐとおばあちゃんは元気をなくしてしまう。

世の中によくあるシーンだが、言葉で関係を切っている。おじさんはスマホの画面を一生懸命見ている。余裕が無いんだな、と分かる。自分の居場所や存在がどんどん無くなっていく関係は人の元気を奪っていく。

おじいさんにはおじいさんのパターンがあるのだろう。

日本は少子高齢化の見本なので、おばあさん、おじいさんが元気に生きていける世の中づくりが喫緊の課題になっている。

そのためには自分を含めた関係で言葉がどれほど重要か。孤立すると長生き出来ない。

私の姉が定年退職したおじさんたちに料理教室を開催していのだが、自分で料理を作れると、子供や孫のところにその料理を持って行くことができるので大変喜ばれたという。区の要請で開催したのだが効果抜群だったらしい。

一緒に楽しくご飯を食べる幸せは何にも変えがたい。おばあちゃん、おじいさんの知恵が活きる世の中でないと、高齢者を負担として見てしまうことにつながり貧しい世の中になる。何歳になっても人は喜びを幸せを得ることで生き返ることができる。

愛は優しいから始まる。

これから平均寿命はどんどん上がり今生まれた子供は107歳が平均寿命になるという。私が住んでいる杉並区では、以前100歳を迎えると区長がお祝いしてくれたらしいが、今や多すぎて取りやめになった。

どの先進国でも少子高齢化が課題になってくるので、その中でも際たる日本での成功事例が必要になる。

日本の古典芸能は年を重ねれば重ねるほど円熟味を増す。どの国でも文化は命を育む。

歳をとるということがマイナスイメージになっているので、年輪力が上がると言い換えることを以前書いた。文化は年輪力を上げ内面を豊かにする。そのためには言葉と関係づくりが何よりも大切になっている。