場について

小林秀雄全集の中に、小林さんたお付き合いした人たちが短いエッセーを寄せた巻がある。
これがとても面白い。
今日出海さんによれば、小林さんは集中力がたくましく、その結果、物を失くしたりすることが頻繁だったらしい。ヨーロッパへ今さんが一緒に旅行にいったとき、カメラを失くしてしまい、後で写っている写真を見て、自分の脇にカメラが置いてあり、そこで忘れたことが判明した、とか、逸話が楽しませてくれる。
周りには、青山二郎、河上徹太郎、中原中也、などなど、深い付き合いをしながら議論を重ねお互いに磨きをかけていった、そんな集まりと場があった。

人間、一人では成長できないのである。

国が変わって、1920年代のハンガリー、ブタペストから。ユダヤ人のノーベル賞受賞者が数多く出てくる。どんな謎があるのだろうと調べた。マイケル・ポランニーのお母さんがサロンを主催しており、そこにいろんな人たちが集っていた。ポランニー兄弟は、ともにノーベル賞の受賞者。また当時のブタペストには、カフェ・ニューヨークという場があり、そこに集っていたユダヤ人の学者からノーベル賞の受賞者が数多く出てくる。

そしてまた国が変わって、パリ。ダダイズムが生まれてくる場も凝縮された場だった。後のシュールレアリズムへと発展していく。

どんな時代に生まれ、どんな人と会い、どんな影響を受けたか。

付き合いが深くなると、話を聞くことで、自分との違いも分かる。いわば、かけがいのない付き合いは、合わせ鏡のようなものでもあり、自分の認識と他者の認識の理解を深める。

先日、近所に住むシェフのところで働く21歳の男の子と話す機会があり、友達どうしでゲームの話が多かったという。う~ん、残念、と思ってしまうのは、私がオジサンだからという訳でもないと思うのだが。。。
その店で働いて経験したこと、分かったことは、友達にも伝えるんだよ、と話した。

自分を成長させてくれる場が少なくなっていると思う。残念だ。

岡潔さんが言うように、世界的に人間の知力が低下している、かもしれない。

知識を吸収するより、話す、経験する、発見する、そんな元になっている人間の創造性を培う場が少なくなってきている。
そんな話をシェフにしたら、塾やったら?と言われた。

私は山岳部の出身なので、山登りや自然の中でやるかなあ、と言った。
今はできないけれど、いつか。