「歳を取る」を「年輪力が上がる」と変えてみる

世の中では、歳を取ることにネガティブな意味づけをしているようだ。

これを変えてみよう。

つまり「歳を取る」を「年輪力が上がる」と変えてみる。

年輪力が上がると。

嵐が来ても倒れない。

大きな枝を伸ばして鳥や虫と共生し、土を豊かにしている。

冬はじっと力を溜めて春に向けて準備する。

新緑の春は空間いっぱいに緑の葉が拡がる。

但し、肉体的に筋トレは必要である。年齢に関係なく筋肉が付く。そして筋肉が減少するとはね返す力が弱くなる。

女性の場合は、どんな言葉になるのだろうか。

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麹のちから!

「麹のちから!」山元正博著を読んでから、我が家は麹ブーム。
NK細胞(ナチュラルキラー細胞)が増えたデータや科学的アプローチがふんだんに書かれているので、信頼が置ける。
何よりも著者の探求心が凄い。三代に渡って麹を研究されてきた方で、日本の麹研究はこの方を抜いては語れないだろう。

さて、私が思うに微生物と人間の関係は、共存関係であり、有名どころでは、腸内菌が2kgあるという話。これが無くなればどうなるか?ヤクルトなどはその答えを持っているのだろうが、免疫に関わるのだろう。

人間は自分だけでは生きていないというのが最近の直感。

人間様から他の生物も生かす人間君にまで降りてみて一度意識を変えてみるといいのだろう。

先日面白い話を聞いた。
人情という言葉があるが、例えば、野菜の人参の場合でも人参情というものがある、と。
農薬をぶっかけられてそれでも命いっぱいに生きてきて、人間に収穫されて、台所に運ばれてきたときに、人参さん、よく私たちのために生きてくださった、これから私たちのお料理で調理させていただきますが、ありがとうございます。
この感謝の気持ちを持つかどうかで、人参さんも、そうか、そういう気持ちを持ってくれるんだったら、ひとつあんたたちのエネルギーの糧になったろうか、と思ってくれるというのだ。命のバトンをつなぎ、命をいただいている。
そういう気持ちで料理をすると違うという。

とてもよく分かる。

アーシングの面白さ

公園の芝生に素足で立ってみると気持ちがいいのは何故か?
砂浜を素足で歩くと気持ちが良いのは何故か?
そんな答えがアーシングにあった。代表的なサイトはこちら

電気機具に取り囲まれて生活していると人間の身体にはバシバシと放電するくらいの電気が溜まる。地球の表面は自由電子を放出しているらしく、電気的にも調和することで身体を整えるというのがアーシング。
アーシングは身体の炎症も緩和させるという。

早速、近所の公園を素足で歩いてみたが、とても気持ちいい。

公園に行かなくてもコンセントのアースでもOK。アーシングマットも売り出されていた。

樹木に抱きつくのもいいらしい。これも早速やってみたところ、樹木には性格がありそうな気分になってくる。力強く空に伸びる大きな樹に抱きつくと、その圧倒的な力強さからエネルギーをもらっているようだった。夜に限る。

よく眠れる。

人間は自然のすべてを理解している訳ではないので、意識で捉えるより、身体で捉えるほうが正解、そんな行動を採り入れてみるのも悪くない。

世界で進む二極化

時代と状況は、煮詰まると二極化が進む。
政治の世界でも経済の世界でも。

日本では余り報じられていないがトランプ旋風に訳がある。
グローバリズムに嫌気が差したアメリカ国民が、アメリカ・ファーストに賛同している。
ヒラリーがグローバリズムの延長線上に存在しているのに対して、トランプがTraditional and Conservative。
それぞれの勢力を反映している。

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気候変動と経済発展

アメリカとタヒチを襲ったハリケーンは日本で報道されていないが、TIMESなどアメリカの主要メディアでは大統領選にも勝る報道の多さ。

気候変動の問題が難しいのは、その原因を人為的要因とする場合、人間の今までの活動に見直しが入ることによる。

地球温暖化がCO2問題で人為的要因だとすると、過激な環境主義者は人間原罪論を持ち出す。地球上では10億人が最適であるとか、人間が行ってきた経済活動が間違っていたなど。これでは先が無い。

未来を悲観論で見るとカタストロフ的崩壊を前提とし、ディープな楽観論で見ると先を解決する人間の意志を前提とする。えてしてメディアでも悲観論が優勢となるのは、人間がマイナス情報に対して過剰に反応する生物的防御反応があるから。

実際、ローマクラブの「成長の限界」は現実そうはならなかった。

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